プロジェクトについて

大エジプト博物館合同保存修復プロジェクトについてもっと詳しく。

背景:

GEM(Grand Egyptian Museum, 大エジプト博物館)の建設が進む中、GEMの付属施設としてエジプト政府は保存修復センター(Conservation Center、以下、GEM-CC)をエジプト側予算で2010年に建設し、JICAはGEM-CCに対して、「大エジプト博物館保存修復センタープロジェクト(以下、GEM-CCプロジェクト)」を2008年6月より開始し、2016年3月まで文化財の保存修復に関するレプリカを用いた研修をはじめ、最先端の分析装置を用いた研修を実施しました。同プロジェクトの上位目標は、GEM-CCが国際的な基準を持つと認められる保存修復や研究の拠点として設立されることでした。

 

一方でGEM-CCはGEMの開館を前に、現在多数の文化財の保存修復に携わっています。こうしたことから、GME-CCとJICAは、GEMのコレクションの中から対象遺物を選定し保存修復の経験を経ることでGEM-CCスタッフの能力をさらに向上させる合同保存修復プロジェクトを開始する計画を立てました。

 

この技術協力プロジェクト「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト:GEM-JC(Grand Egyptian Museum Joint Conservation)」の詳細を明確にするため、2016年5月にJICAより調査団が派遣されました。その結果、調査団はプロジェクトの重要性と必要性を認め、GEMとJICAとの間で政府間技術協力プロジェクト合意文書が締結され、プロジェクトの実施が決定しました。

 

プロジェクトの上位目標:

このプロジェクトは保存修復の全過程(状態調査、応急処置、梱包、移送、分析、保存修復、展示のための助言)の実施に関わっています。この経験を通して、GEM-CCの保存修復の専門家らは自らの能力を伸ばし、また、GEM-CC自体も組織としての能力を向上させることになります。GEM-CCスタッフが保存修復活動すべてを完結することが期待されます。

 

対象となる遺物は?

プロジェクトではGEMの膨大なコレクションの中から「対象遺物」を選定しました。ここではその対象遺物をご紹介します。

72点

私たちのプロジェクトで選ばれた対象遺物の数です。その中には、木製品や染織品、石材・壁画が含まれます。対象遺物は様々な要素から熟考に熟考を重ねて選ばれました。特に重要なことは、GEMに収蔵・展示される予定の遺物の点数は10万点に達する計画で、うち5万点が展示される予定であり、その中にはツタンカーメン王のコレクションが含まれます。GEMにはそれらの膨大な数の遺物の保存修復を担うGEM-CCが付属していますが、私たちのプロジェクトは3年間という限りがあり、対象遺物を慎重に選定する必要がありました。GEMとの協議の上、GEMの開館にとって重要かつ技術移転に適した分野に絞り、さらにそれらを10点の「リード遺物」および61点の「フォロー遺物」に分類しました。

リード遺物

リード遺物はフォロー遺物のモデルケースとなるよう選定しました。すなわち、最も劣化し、最も保存修復するのが難しく、専門家の技術的知識や能力が求められるものです。日本人とエジプト人の専門家らは保存修復プロセスに直接携わり、合同で全プロセスを実施します。

対象遺物のグループ

対象遺物が分類されているグループについて

木製品グループ

8点

の木製品遺物が対象遺物として選定されました。ツタンカーメン王の戦車5台およびベッド3台で、うち2台がリード遺物、残りの6台がフォロー遺物です。

戦車:現在、5台のうち2台がエジプト考古学博物館で展示されています。2台とも儀礼用に製作されたものと考えられており、躯体や車輪には曲木技法が用いられ、表面には白色の下地と金板で装飾されています。また、操舵席部分には石や金属などを用いた装飾が施されるなど、複合的な素材によって構成されています。

 

その他の3台は狩猟に用いられたと考えられており、儀礼用のものと比較すると実用的で簡素なデザインとなってはいるものの、儀礼用の戦車と同様に、躯体は曲木技法を用いて製作され接合部には石や金属を用いた装飾が施されています。

 

ベッド:もう一方の儀礼用のベッド3台は木材を加工、組み合わせて構成された躯体部分の上に、白色の下地と金板による装飾が施されています。また、ベッドの支柱にはライオン、カバ、牡牛の頭部がそれぞれ表現され、石やガラス、象牙などで装飾されています。

 

壁画グループ

7点

の壁画と石材が対象遺物として選定されました。1点がリード遺物、残りの6点がフォロー遺物です。イニ・スネフェル・イシュテフの壁画は、当初はダハシュールのマスタバ墓の泥レンガ壁画の表面に漆喰を塗り彩色が施されていましたが、19世紀に壁画ごと剥ぎ取られてカイロのエジプト考古学博物館へ移送され、木製の展示ケースに入れられ壁に固定された状態で展示されていました。これらの壁画は別々のケースに分割され積み上げられており、全体のコンテクストが分かりづらく、壁画の価値が損ねられている状態です。さらに壁画表面には塩類析出が顕著に現れており、プロジェクトを通して適切な分析と保存修復を施すことが決定されました。さらに、イニ・スネフェル・イシュテフ墓とスネフェル王の石灰岩レリーフについては、本来の壁画構成に沿って理解しやすいよう、GEMでは壁画の場面を再構成することが提案されています。

染織品グループ

57点

の染織品が対象遺物として選定されました。うち7点がリード遺物、残りの50点がフォロー遺物です。ツタンカーメン王の染織品に関しては、劣化のレベルは異なるものの、全体的に染織品を構成する繊維が極度に劣化し、極めて脆弱な状態となっています。染織品遺物が発掘された際、その多くは折りたたまれ、丸められていました。

繊維が極度に劣化した遺物に関しては、広げて展開することは非常に難しく、さらにこれらの対象遺物の中には経年による劣化のため、染料の退色が著しいものがあります。

私たちの活動について

保存修復プロセスにそった3つの目的

目的1:

遺物を移送する前のプロセス

ベストチームを構成する

経験と専門性に基づき人材を選定することは限られた期間でベストな結果を出し、プロジェクト目標を達成するのに必要不可欠です。したがって、様々な特性や構成要素に基づいた対象遺物のグループごとに3つの保存修復チームが形成されました。チームは様々な分野からエジプトおよび日本双方の専門家から構成されています。

状態調査

現状の状態調査:
各グループのメンバーは遺物の現状のチェックを行い、すべての情報を集めたデータベースを作成します。
この調査に基づき、各対象遺物の保存修復に関連する必要な作業が明確にされます。

応急処置

移送に先立ち、各チームは移送の専門家と協議し、安全性と安定性を確保するため各遺物の応急処置の必要性と方法を決定しますが、応急処置は必要だと判断された時のみ実施されます。

梱包・移送

移送前の遺物の梱包はGEM-CCへの安全な移送の鍵となります。日本の移送チームは日本通運の専門家から構成され、GEM-CCの移送専門家と共に移送活動を行います。

目的2:

保存修復を行う前のプロセス

燻蒸

燻蒸方法を選定する: 生きた微生物や虫による被害を検査します。このデータに基づき、燻蒸の必要性を議論し、必要と判断されれば適切な燻蒸方法を選定します。

燻蒸の実施: 選定された燻蒸方法を用いてGME-CCおよび日本人から成る燻蒸チームによって燻蒸を実施します。 燻蒸効果の評価: 燻蒸プロセスの後に生物侵害がないかどうかを確かめるため、燻蒸効果を評価します。
分析

診断方法の選定:分析方法は遺物の現状に基づいて議論し、遺物本来の素材や保存修復に用いられる素材といった重要な要素をすべて考慮します。

診断の実施:
診断方法の選定結果に基づき、診断分析を実施します。

診断結果の概要:
本来の素材と劣化度合いを診断するため、分析結果の概要を準備します。

保存修復計画

保存修復計画の策定:

分析結果、診断および保存修復方針に基づき、保存修復家や考古学者、保存科学者などを含むチームメンバー間の議論を通してコミッティーが各リード遺物の詳細な保存修復計画を策定します。

目的3:

保存修復作業

保存修復作業の実施

保存修復作業の準備: 必要となる材料や機材を用意し、作業場所を確保します。

保存修復処置: 保存修復方針や計画に基づき、GEM-CCおよび日本人保存修復家との合同でリード遺物の保存修復処置を実施します。 定期的なモニタリングおよび保存修復の評価: 保存修復チームは、保存修復作業が承認された保存修復方針や計画に基づいて実施されているかどうか、定期的なモニタリングと評価を行います。また、保存修復作業中に何か問題が生じた際には、それに応じて改善方法を議論します。 フォロー遺物への助言: 保存修復処置が完了したリード遺物の結果に基づき、日本人専門家は定期的にフォロー遺物の保存修復処置に関して助言を行います。 保存修復処置後の遺物の収蔵: 保存修復作業の後、リード遺物は収蔵されるか展示されることになります。遺物が直接GEMの展示室に展示される場合には、展示室の環境をモニターしなければなりません。さらに、保存修復チームは遺物が安定して保存されるよう、展示デザイナーに助言とコンサルティングを行います。
結果の発表

ドキュメンテーション(記録): プロジェクト活動の各プロセス、すなわち、ドキュメンテーション、応急処置、移送、燻蒸処置、診断分析、保存修復処置の記録を行います。この記録は保存修復のアーカイヴにおいて極めて重要な情報源となります。

報告書の準備: このプロジェクトに関わるエジプト人および日本人メンバーは共同でドキュメンテーションや応急処置、梱包、移送、燻蒸、診断分析、保存修復処置を含めた作業結果の概要をまとめ、各遺物の技術的な保存修復報告書を準備します。 発表: エジプト人と日本人のチームはプロジェクトの達成結果をまとめ、保存修復に関する会議やシンポジウムにおいて合同で発表します。
展示のフォローアップ

展示プランナーとの情報共有: 展示プランナーに保存修復処置に関連する情報を共有し、定期的に調整することはとても重要です。木製品と染織品については、専門の展示ケースやマウントの仕様について情報を調整します。壁画については、本来のマスタバ墓の壁画のコンテクストを表現するアイデアや提案を共有し、展示マウントや支持体についてのアイデアも意見交換します。いつも完璧な調整を確実に行うため、常に作業を行っています。
展示計画に関する助言: 診断分析や保存修復処置といったプロセス結果に基づき、保存修復チームは遺物の状態を保存し維持するため、展示プランナーに対して最適な展示方法をアドバイスします。木製品と染織品遺物に関しては、適した展示ケースを提案し、石材と壁画に関しては、断片の再構成方法を提案することができます。

実施体制

プロジェクト実施体制はエジプト人メンバーを体制の中央に設置しています。体制のトップはGEM館長を議長とする合同調整委員会(Joint coordination Committee , JCC)です。委員会はプロジェクトの全体計画のレビューと活動のフォローアップに関し、責任を負います。

 

プロジェクトマネージャー(修復技術部門の部長)は、エジプト人マネージャーや日本人のマネジメントや技術アドバイザーとの協議を行いながら、プロジェクトのマネジメントおよび実施、プロジェクト活動の調整、保存修復作業計画のレビューにおける責任を負っています。プロジェクトは3つの委員会と7つのグループからなり、各グループメンバーはエジプト側および日本側の双方から構成されます。

プロジェクト・スポンサー