大エジプト博物館保存修復センター(GEM―CC)において、同センターの保存修復師、考古学者、エンジニアおよび科学者等18名を対象に、博物館における環境科学研修を行いました。研修は6日間(6月6日から13日まで、金土を除く)開催され、開催目的である参加者が文化財に対する環境科学の基礎を習得することが達成されました。。
博物館における環境科学とは、博物館の収蔵品や文化財にとって、展示ルームの環境や収蔵庫の保存環境が重要な劣化要因(parameter)となることが最近数十年の研究によって明らかになっており、館内の文化財の劣化や破壊を引き起こす様々な環境因子(温度、湿度、化学物質、照明等)を科学的に解明しそれらの影響から文化財を保護することを目的とした研究分野です。
現在エジプト政府が建築を進めている博物館(Grand Egyptian Museum; GEM)にとっても、建物が完成する前の段階から、展示予定の文化財に悪影響を及ぼす環境要因を予測し、影響をゼロまたは最小限にとどめるよう展示環境を整備する必要があります。またすでに完成している保存修復センターでは、配置されている文化財に対して、GEM-CC内部で文化財の劣化や破壊を引き起こしている環境要因がどのようなものか、環境要因がどの程度悪影響を及ぼすのか、さらに館内に適用される環境基準の作成について理解を深め、実践に展開すべく研修を実施しました。
18名の研修参加者は、文化財の保全にとって、博物館における環境科学の重要さを理解するとともに、化学物質などの環境因子が発生する強度をモニタリングする技術、外部環境要因を科学的に測定する技術、劣化要因から文化財を保全する技術、また最適な環境の導入に求められる施設や装置等についても学びました。
研修指導者は、松田靖典教授(JICAプロジェクト保存修復技術、チーフテクニカルアドバイザー)、Vinod Daniel氏(元オーストラリア博物館マネージャー、現Indheritage CEO) Robert Child(元英国ウエールズ市民博物館マネージャー)の3名。3名の指導者は、博物館勤務経験が長く、また保存修復知識も豊富で過去の現場経験を踏まえた多くの貴重な示唆を得ることができました。
研修は、環境科学の知識習得に加え、現場のスタッフが、実践へと活用できるよう工夫され、指導講師による講義の他、実習、研修生によるプレゼンテーション、指導者と研修生とのディスカッションなどもカリキュラムに入れられました。また本研修を通じてGEM-CCのスタッフ間(保存修復師、学芸員や科学者、エンジニア等)の連携や協同体制を確立・強化していくことにも貢献するものとなりました。
主な研修項目は以下のとおり。
講義科目:
・博物館における予防保全
・博物館環境の管理と関連する環境科学
・博物館環境管理のリスクアセスメントとリスク管理
・空調システム(HVAC)による環境への影響管理
実習
・モニタリング測定方法
(1) 粉塵モニター
(2) ガスのエアサンプリング
(3) ラジエーション(VIS/UV)
(4) アスマン温湿度計を使った温湿度測定
(5) 温湿度データの分析手法
・空調システムの調査、粉塵排気ルート、排気/吸気口、コントロールルーム、空気モニタリングユニットの調査
・虫や災害の影響から文化財を保護する手段
・リスクアセスメント/管理
・GEM-CCにおいて環境からの影響を改善する提案、GEMの最適な環境設置のための提案
ディスカッション
・ 光線、汚染物質、虫、災害が文化財に及ぼす影響と防止方法
・ 文化財のおかれた室温や湿度が不適正である場合それらによる影響また不適正な温湿度の防止方法
・ GEM―CC建物内の空調の問題また改善対策
・ GEM-CCの環境基準について
プレゼンテーション
・研修実施前に提示した課題への取り組み結果と環境測定プロジェクトの調査結果
・GEM-CC建物内空調管理と問題点
・GEM-CC内のIPM活動と問題点
・参加した研修員は、文化財の劣化を防ぐため最適な環境で保全することの重要性を理解し、貴重な文化財を守る為に、これらの知識や技術を実践していくことの必要性を感じています。指導者と参加者の関係も一方通行ではなく、コース運営上での協力関係がうまくいったこともこの研修を成功に導いた一因といえます。

